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02 イタリア Italy 2010年8月~10月

2010年10月 9日 (土)

おまけ

マーケットで見た驚きの野菜売り場。 毎回のことながら面白い。

P1030771 でかいレモン

P1030772 なす。まんまる。

P1040376 ローマのスーパーで。こっちのなすはいかついですね。

P1030774 ミニトマト。つながっている~!coldsweats02

P1030777 すいか

P1040369 個人的にはこのレモンアイスはこれまで食べた中で一番おいしかった! 

半分しか食べられず、残りの1.5杯はだんなさんの腹の中に吸収されました。

今回、ブログ作成にあたり、参考にした本は Authenitic Rome ( Touring club of Italy) と地球の歩き方でした。ビデオに入っていた音声も使用したのですが、ガイドさんや添乗員さんが間違っていたらこのブログも間違っています。ごめんなさい。

2010年10月 8日 (金)

スペイン広場 

一応、私たち夫婦は「結婚10周年」ということで、優しい(けどわがままな)だんな様(こういうときだけ様づけ)が買い物してくれました。 「せっかく円高なんだからブランドを買え」という言葉に甘えてスペイン広場へショッピングです。P1040358 ナヴォーナ広場からタクシーに乗ろうとするだんなさんを引き止めて散歩すると正面にスペイン広場が見えてきました。遠くから見るとこんな感じなのですね。

P1040360 近づくにつれて人が多くなってきました。

P1040364 ブランド通りになっています。ここで結局日本人の大好きな「グッチ」を購入。初グッチだよ~happy02(初ブランド品でもある)

P1040365 劇場を思わせるのも納得。そのように設計されているそうです。日陰はすごいことになっています。6年前のリベンジにもなりました。6年前は↓でしたから。

Img_7405 買い物したあと、バルベリーニ宮(国立古典絵画館)へと向かいます。「1駅なんだから歩こう」という私に対し頑固に「地下鉄に乗る」というだんなさん。こうなったらとことん頑固モードだから私が何を言っても無理。

しかし、ローマの地下鉄は怖いsign03電車に乗ったとたん、両手に抱えていたグッチの買い物袋を中国系の女にひったくられかけました。

薄暗い雰囲気と1年の留学経験からの本能からか、紙袋のひもを2重に手首に巻いて、してしかも、両手で胸にかかえていたにもかかわらず、ぶつかられてすごい力でひったくろうとします。哀れなグッチは扉に挟まってしまいました。sweat01それでも女はひったくろうとします。こうなるとおばさん根性で悪態をつきながら紙袋を手放しません。必死になっていると後ろの外国人(英語を話していたからたぶん、イギリス人かアメリカ人)が助けてくれました。

その間、だんなさんは ボーっとつったっていただけでした。

本人も認めていますが、予想外と予定外のことが起こるといつもながら、役に立ちませんpout。無事にグッチを取り返して外人にお礼を言っている時にようやく我に返っていました。coldsweats02

手首は内出血。あざが数日間残りました。だから、地下鉄に乗るのをやめようっと言ったのに。まあ、相手が女性だったから私はラッキーだったと思うことにしています。グッチも盗まれなかったし。

P1040372 バルベリーニ広場

P1040373

バルベリーニ宮(国立古典絵画館)入り口

この美術館にはラファエロの「フォルナリーナ」(恋人を描いたといわれている)があります。そのほかにも、歴史の教科書で見かけるボルバイン「ヘンリー8世の像」もありました。

さすがにフォルナリーナは目立つところにおいてありましたが、ヘンリー8世の絵はその他大勢の絵と一緒になっていました。

私は全く興味はないのですが、他にもカラヴァッジョの「フォロネルネスの首を切るユーディット」という絵が置いてあります。首を切る絵は好きではないので、よく見ませんでしたが、だんなさんは感動していました。

リッピの「聖母子」は残念ながら修復中でした。

他にも小さいながら エル・グレコやティツィアーノなどの絵も展示してあります。

館内にほとんど人はいないので、絵を見逃しそうになりますが、エル・グレコにしてもティツィアーノにしても絵に特徴があるのですぐわかりました。

こういう有名な画家の絵が気軽に展示されているところがすごい。おかげでゆっくり鑑賞することができました。

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2010年10月 7日 (木)

パンテオン と ナヴォーナ広場the Pantheon and Piazza Navona

    私の大好きな建物のひとつ、パンテオンへ向かいました。入り口は修復中。残念です。think

P1040347 パンは「すべての」の意味でパンテオンはすべての神様に捧げる神殿という意味です。

もともとは初代ローマ皇帝のアウグストゥスの義理の息子にあたるマルクス・アグリッパが27年に作ったものだが、今ある姿は118年にハドリアヌス帝が立て直したものです。それでも古い!

Img_7354 ちなみに修復されていないパンテオンはこんな感じ(6年前に撮影)

ローマ帝国が崩壊した後、608年まで放置されたが、Boniface 4世(法王)が聖母マリアと殉教者に捧げる、キリスト教の聖堂とし、その後、要塞として使用されました。

Img_7360 中はこんな感じ。

現在はラファエロをはじめとするイタリアの有名人のお墓があります。

入り口に入って、右からメロッツォ・ダ・フォルリ(Melozzo da Forli) の受胎告知 、エマニュエル2世のお墓、ラファエルのお墓、 ウンベルト1世(エマニュエル2世の息子)とマルゲリータ・サヴォイア妃のお墓、 Virtuosi del Pantheon (日本語不明)となってます。

Img_7366

メロッツォ・ダ・フォルリ(Melozzo da Forli) の受胎告知 

Img_7363

Img_7362

これがラファエロのお墓。(上部と下部)

P1040348 天井部 

クーポラは5段にわたる格間で構成されていて、ブロンズで縁取られた円窓が唯一の採光源になっている。下の壁の厚さは6メートルだが、上にいくに従い、薄くなっている。2千年ほど前に立てられたとはとても信じられません。

P1040351

神秘的です。

Img_7370 パンテオンの前の広場(ロトンダ広場) ここにもオベリスクがあります。ローマには13本ものオベリスクがあるそうです。このオベリスクはラムセス2世が太陽神殿に建てていたものだと6年前のガイドさんが言っていました。戦利品とはいえ、よくもここまでやるよなあ。

P1040353 おしゃれなナヴォーナ広場へと向かいます。

P1040354  到着、もともとは競技場だっただけあって開放感があります。

もともとはドミティアウヌス帝が公共事業の一環として行った競技場(収容数3万人)でした。13世紀ごろから周囲に家が建ち始め、教会などが作られる。ナヴォーナという名の語源は1世紀前後に競技場で開かれていた Agoni Capitolini ( agone は競争という意味)が変化したものではないかと言われていています。

P1040355

ナヴォーナ広場には3つの噴水があります。これはムーア人の噴水。いるかと戦うエチオピア人の像からこの名がついたそうです。

Img_7346 これが真ん中の噴水、一番大きな「4大河の噴水」。 4つの川は「ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川」だそう。黄河じゃなんだ、と思ったのは私だけ?このオベリスクはドミティアウヌス帝時代のもので、キルクス・マクシムスに置かれていたものを移動させたそうです。

Img_7347  こちらはネプチューンの噴水。

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2010年10月 6日 (水)

パルティーノの丘、コロッセオ Roman Forum Part 2

  くるりと回って、歩いているとパルティーノの丘へ入る道が見えます。パラディーノの丘は貴族の邸宅が集まったところ。英語のpalace はこれが語源だとか。

P1040302

正面奥、向かって左側の階段が入り口。(フォロ・ロマーノの南側) 6年前のガイドブックしか持っていなかった私たちはここが入り口だとようやく気がつきました。coldsweats01

P1040305 特にチェックなどはありません。ここから上っていきます。以前来た時はここは入れませんでした。来てよかった~heart02 

P1040307 階段を上ると踊り場に出ます

P1040309 これがローマ時代の建造物だとはとても信じられません。

P1040310 ファルネジアーニ庭園 階段を上ったところにあります。この奥にも見所はたくさんあります。だんなさんの「この先は行っても何もない」ということはばを信じてリタイア。帰国後読んだガイドブック(遅い!)を見て「行っておけばよかった」と後悔しました。

P1040314 パラティーノの丘からコロッセオを臨む。

P1040315 同じく丘からフォロロマーノを臨む。

P1040316 下の階段からの眺めはいまひとつでししたdown

Img_7243

チルコ・マッシモから見たパラティーノの丘(6年前)この大競技場は『ベン・ハー』の戦車のシーンが撮影されたところです。初めてみたのは中学生のときでしたが、あのシーンは今でも覚えています。

P1040321

コンンスタンティヌスの凱旋門 ローマで最大の大きさを誇る。315年に完成。

Img_7327 6年前に撮影。 全く変わっていないことに素直に感動。

Img_7329 コロッセオとセットで ちなみに写真に写っているのは私ではありません。gawk

P1040323 The colosseum コロッセオにやってきました。コロッセオの正式名称は「フラビヴィアンの闘技場」英語名はFlavian Amphitheater です。amphitheater は円形競技場という意味。 入り口は人・人・人。混雑しています。チケットを買うだけで30分ほどかかっていましたが、私たちはフォロ・ロマーノで購入していたのであっさりと入れました。

P1040324

階段を上ります。結構、急な階段でちょっとした運動になります。

P1040325

階段をあがったところ。

P1040326 ちょっとした展示品があります。まるでグラディエーターの世界。

P1040327 こんなものもあります。

P1040331 現在は地下の部分がむき出しになっています。長径188m 短径156mの楕円形。収容数は45,000人という大きな競技場。

階上からの眺めのほうが全体がよく見えました。ぐるっと一周することができます。

P1040334_2 下の階からとった写真。 あまりよくありません。

P1040338 下の階の正面から。

P1040341

もともとは皇帝ネロの黄金庭園 ( Domus Aurea , the Golden House) 内の人工池だったところに建てられたのがコロッセオ。ウェスパシアウヌス帝(79年に崩御)の命令で始まり、息子のティトゥス帝の時代の80年から使用されはじめました。当初は100日間にもわたる試合が行われたとか。100日間といえば3ヶ月以上。ずいぶんと長い記念行事ですね。 その後、ドミティアヌス時代に完成。アレクサンデル・セェルス帝により修復されました。P1040344

4階だてのコロッセオ。 下の層からドーリス、イオニア、コリント式の柱になっている。P1040345

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2010年10月 5日 (火)

フォロロマーノ① 他 Roman Forum Part 1

旅のTips  コロッセオに入りたければフォロロマーノで共通入場券を買うといいかも!コロッセオのチケット売り場は異常に混雑していましたが、フォロロマーノのチケット売り場はさほど混雑していませんでした。

前日の観光バスからの写真。バスの運転手さんが違法でつかまるのを覚悟してローマ市内を回ってくれました。ほとんどが失敗だったけど、何枚かは撮影成功。

P1040266 サンタンジェロ城  テヴェレ川沿いにある。

もともとハドリアヌス帝の霊廟として自ら建設しはじめたこの建物は、要塞、牢獄、避難所などに利用されたそう。

P1040268

ヴァチカン サンピエトロ大聖堂 かなり感動しました!

中華国際航空は夜便なので、ローマでほぼ一日自由行動でした。最後の気力を振り絞っての観光です。ホテルは郊外にあったため、時間節約と体力温存のために市内までタクシーを利用しました。

Photo ヴィットーリオ・エマルエーネ2世記念堂 ヴェネチア広場にある。ヴィットーリオ・エマルエーネ2世はイタリアの初代国王。1911年に完成。 中央にはこの王様の騎馬像。

Img_7168 (6年前) ヴェネチア広場のさらに向こう側から撮影

P1040273 2007年からテラスから屋上の展望台に上る有料エレベータ(ガラス製)があり、カンピトリオ広場とフォロ・ロマーノ、コロッセオ、(サンピエトロ大聖堂も)が一望できるとのこと。

ガイドブックには9時30分開館と書いてあったのでその時間に行ってみたけど開いていませんでした。ガードマンらしき人に聞いても英語が通じませんでした。だがジェスチャーからまだオープンしないということらしい。悔しい。

P1040275

仕方がなく、次の目的地、フォロ・ロマーノへ向かいます。

フォーリ インペリアーリ通り(「諸皇帝のフォロ」という意味)という大通を歩いてコロッセオのほうに向っていると左側に「アウグストゥスのフォロ」「トラヤヌスのフォロ」などが遺跡群が見えました。上の写真は「トラヤヌスのマーケット」だと思います。107年に建築開始、ハドリアヌス帝の時代に完成した、6階建てのショッピングセンターのようなものらしい。

4 通り沿いにジュリアス・シーザーの銅像が建っています。後ろにフォロ・ロマーノが見えます。左側はChurch of Nome di Maria という教会(日本語は不明)

P1040276(フォロ・ロマーノ) 東西に約300m、南北に約100m広がる公共の広場。

紀元前6世紀ごろ市民の公的生活の中心地としてカンピトリオとパルティーノの2つの丘の間に造られた。

P1040277Arch of Septimius Severus  遺跡の外から 下のほうはあいにく修復中でした。

セプティミウス・セウェルスの凱旋門 高さ21メートル。即位10年を記念して建立された。(フォロ・ロマーノには3つの凱旋門があります)

レリーフはパルティア人とアラブ人、Adiabenian (イラン・イラク・トルコの国境辺りに住んでいた民族らしい)たちに戦勝したときの様子が描かれている。フリーズ(天井の下の帯状の装飾)部分には「勝利の行進」のレリーフが書かれている。

コロッセオに向かっていると途中で入り口発見。happy01

実は今回持っていったガイドブックは6年前のもので、ここに入り口がありませんでした。 それほど並んでいなかったので本当に入り口かどうか不安にないました。「フォロ・ロマーノ」「コロッセオ」「パルティーノの丘」の共通券しかなく、12ユーロぐらいでした。ここで、初めてパルティーノの丘が入場できることを知りました。(もっと予習しておけって感じですねsweat02

Img_7294Temple of Caesar

正面の三角屋根の小さな小屋のようなものはカエサル神殿。アウグストゥスにより紀元前29年に建立された。右に見える三本柱はカストルとポルクスの神殿(後述)

Img_7296カエサルが最初に火葬されたところでもある。入り口にはアクティウムの戦いでオクタヴィアヌスが拿捕したエジプト船の船嘴で飾られていたらしい。

Img_7297_2

Temple of Caster/ Tmple of Dioscuri (上)

紀元前5496年、ローマを勝利に導いた伝説の双子神、「カストルとポルクスの神殿」

P1040281

(別アングルから) 紀元前484世紀に建立。上の3本の柱はハドリアヌス帝の時代のもの。共和制時代、ここは元老院の会議の場として使用され、また演説をする場所としても使われたそう。

Img_7298

Temple of Saturn (上、下)

正面の8本の柱が立つ神殿がサトゥルヌス神殿。共和制ローマで最も崇められていた神殿のひとつ。共和制時代は国庫として使用された。

Img_7276

(別アングルから)

サトゥルスは農耕の神。一瞬Satan(悪魔のほうのサタン) と見間違えてドキッとしました。bomb

Img_7277

Basilica Julia バジリカ・ユリア

サトゥルヌス神殿の正面奥の列柱が残っている部分がバジリカ・ユリア。 バジリカとは司法・行政施設のこと。 主に司法の場として使用されたが、銀行や行政施設、お店なども入っていたようです。

もともとはカエサルがガリア戦争の戦利品を使って建立し始めてアウグストゥスが完成させたものだが、ディオクレイティアヌスによって復元されたものの一部が残っている。 

Img_7305 (上)Temple of Vesta ウェスタ神殿 

かまどの女神、ウェスタ(ギリシア神話ではヘスティアにあたる)の神殿。 

P1040280_2(別アングルから)

ローマの永遠性を象徴する場でもある。屋根裏は保管室として使用された。もともとはローマの2代目の王(ロムルスの息子)が建立し、聖火を消さないように巫女たちに守らせていた。もともとは円形だった。

裏には巫女たちの生活の場になっている。 当然、巫女には処女であることが求められた。

P1040282

 フォカスの記念柱

真ん中の煙突みたいな形がフォカスの記念柱。フォカス帝を記念して建立された。

フォカスは東ローマ帝国の皇帝でパンテオンを608年に献上した人。 柱は1~2世紀のものだそう。

P1040283

Curia (Senate) 元老院

セプティミウス・セウェルスの凱旋門(左)の隣にあるのがクリア・ユリア(元元老院)

クリア創設はローマの第三番目の王のホスティーリウスによるものだとされているが、これはカエサルが起工し、アウグストゥスが完成させたもの。これもディオクレイティヌスによって復元されている。

P1040288 元老院の中を見てびっくり!5年前と違う!元老院議員の(塩野七生さんの本には出てくるぐらいには有名な人らしい)像が建っている。

P1040289

なんだったかは忘れましたが、こういったものも展示されています。

Img_7286 ちなみにこれは6年前の姿。 展示品はわずかです。 

Img_7288 6年前もplutei of Trajan(トラヤヌス帝時代の欄干) はありました。

Img_7284 元老院の外

P1040290 元老院の中 

6年前はがらんとしていて、「ここに300人集まったんだ~」と歴史にひたることができましたが、今回は洗練された展示品に目がいきました。それはそれでよかったと思います。

P1040298 ( Temple of Romulus ) ロムロスの神殿

マクセンティアス帝(と呼んでもいいのかな?)が息子のために建て始めた神殿でコンスタンティウス帝の時代に完成した。扉の錠は世界最古といわれているもののひとつ。

2

The Temple of Antonius and Faustina アントニヌスとファウスティーナの神殿

(柱は6本、高さ17メートルの建物)

アントニヌス帝の妻ファウスティーナのために建てられた神殿だが、彼の死後、彼自身も祀られることになった。7世紀~8世紀にはサン・ロレンツィオ・イン・ミランダ( the church of S.Lorenzo in Miranda)教会として改修された。階段は修復されたもの。

P1040320

Arch of Titus  ティトゥスの凱旋門

聖なる道の終点にある。中世の間はフランジパーネによって建てられた要塞の一部として組み込まれた。1821年に復元された。

P1040318_2

P1040319

ティトゥス帝を乗せた戦車の姿が左に、戦勝パレードの様子が右に彫られている。格天井には神格化されたティトゥス帝が描かれている。

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2010年9月22日 (水)

ポンペイ+α Pompei , Italy

ポンペイの遺跡にはトラブルのせいで、少し遅れて到着。ポンペイのガイドさんは足が早く、とまってくれません。歩くのと見るのに忙しく、おまけに暑いので写真はますますいい加減になりました。think

P1040096 (入り口はそっけない)

ポンペイの遺跡がヴェスヴィオ火山の噴火による火山灰の下に埋もれてしまったのは西暦79年のこと。その悲劇性や、人の遺体の模型、当時の生活をそのまま目の当たりにできるということからテレビで取り上げられることもたびたびある有名なナポリ郊外の遺跡です。

P1040098 (大体育場)P1040099 ここでもたくさんの被害者が見つかったようです。

P1040101 (大劇場) 収容数は5千人ほど。

P1040107 ポンペイの家が長方形の形をしていたのがわかる。ここは商店街だったそう。家の前の一段高くなっているのは歩道。低くなっているところが馬車道。今と変わらない!

P1040108_2 道路を横断するように岩が並列されているのは横断歩道。雨の日に歩いても足元がぬれないように上に作られています。 歩行者に優しい!

P1040150

轍のあともはっきり残っています。

P1040179 道路に埋め込まれた白い石は夜間光る。 反射鋲のように視線誘導効果がある。本当に今と変わらない。

P1040109 公共の水のみ場(馬車道にはみ出るようにして突き出ている四角いもの)が40箇所ほどあったそうです。水のみ場には異なった(顔の)モチーフが彫られており、「○○の水のみ場で」と言った具合に、待ち合わせの場所としても使用されていたそう。

ちなみに鉛製の水道管だったため、ポンペイの人々の寿命は40歳前後だったそう。

P1040121_2 おや?これは? ねじみたいだが…。私の口からとても言えません。

ちなみに「娼館」の方向を示す看板です。 

そういえば↓のようにトルコのエフェソスでも似たようなものがあったなあ。

2(トルコ・エフェソス) こっちの看板は足跡が方向、ハートは心。お金がいるよというお金の絵になっています。こっちのほうが上品?

P1040110 話を戻すと、どうやら「娼館」はこっちらしい。ポンペイの町には売春宿は24件ほどあったらしい。

P1040112_3 娼婦の館の中には壁画が残っていました。

壁画を見て好みの女の子を物色し、「今日はこの娘にしようnotes」と女性を選んでいたそう。

P1040113 これが個室。 案外狭い。 夜はろうそくの光だけだから閉じ込められている感じがしなかったのかな。ってか、だんなさん、えらい力入れて撮っていませんか?

P1040119 こちらはメイン通り。道も整備されていて、歩道も広い。

P1040120 今も遺跡発掘or 修復中。暑い中大変だろうな。

P1040122 (富裕層の人が住んでいた家)モザイクもきちんと残っています。日向のモザイクは太陽の光がまぶしすぎて色がとんでしまいました。

P1040123 馬車はここまで! 馬車道の終着点には馬車がこれ以上乗り込まないようにきちんと馬車止めがあります。(道の真ん中の3つの石)

P1040125_2 フォロ 公共広場 政治、宗教 商業の中心地。手前の2階建ての柱がある場所はアポロ神殿。奥が小麦市場だったそう。

P1040126_2 P1040129_2 奥の神殿がジュピター神殿。 広場はもともとは2階建てのアーケードのショッピングセンターになっていて、食料品や毛織物などを扱う小店もあったそう。

正面遠くはヴェスボオ山が見えます。

P1040130 柱の彫刻もきれいに残っている。

P1040131 遺跡のいろんなところに野良犬がいます。犬嫌いの私にとっては天敵。

P1040132 ヴェスパシアヌス神殿。皇帝の神殿だったそうで、,前の白い大理石の祭壇は供物など(いけにえなど)を捧げたとガイドさんは言っていました。とてもきれいな石ですから一見の価値あり。

P1040134 ここは肉や魚の生鮮市場だったところ。北西には原画が残っている。

P1040135_2 反射して見えにくいけど、石膏で復元された人の模型が2体展示されています。

多くの人が逃げ遅れましたが、発掘されたとき、その人たちの部分だけが空洞になっており、その空洞に石膏を流し込むことで復元された。(鋳物のようなもの)

P1040137 レストランもあります。

P1040138 ポンペイの町には公共浴場は5つあった。そのうちのひとつの入り口。

P1040139 お風呂の前にはちょっと?運動

P1040144 雨水で水をためていたそう。ここはマッサージ室。浴場は床暖房。

P1040149_2 天井には彫刻も残っています。

P1040148 サウナ室には冷水をためる盆も。縁には寄贈者の名前が彫られている。

P1040151

こちらは酒屋さん。壺なども残っていました。

こうした酒屋さんはポンペイに89軒あったよう。お酒が好きだったんだなあ。

P1040157 富裕層の家の中は大体このような造り。入り口(奥)は小さいが、中は広々としている。

「猛犬注意」と書かれているモザイクは太陽の光で飛んでしまって撮れませんでした。正面には雨水をためられるようになっていた。

ちなみに観光客は奴隷用の入り口からの入場でした。

P1040159 入り口の左右には寝室があるが、真夏には別の部屋を使用しました。 この部屋は夏用の食堂。

P1040163 パン工房へ。石臼がいぃつかすぐにも使えそうな状態で残っています。

P1040165

竈も残っています。パンはポンペイ近郊にも売られていました。

P1040167

柵の向こうに発掘品を並べただけのような気もしますが展示場もあります。

P1040168

P1040170

こちらはアポロ神殿。

P1040169

一角にあるアポロンの像。反対側にはディアナ(双子の妹)の像もありました。

P1040173

最後にバジリカを撮影。

P1040194 ナポリを車窓観光。こちらはヌォーボ城。

P1040207 こちらは卵城

P1040219 おもしろい! これは道路沿いにあるガソリンスタンドです。まさにgas station ではなくてスタンド!

P1040222 バスでナポリからローマに行く高速道路上で。だんなさんいわく

「アッピア街道」ではないかとのこと。

Img_7222 ちなみに6年前に採ったローマ側のアッピア街道スタート地点がこちら。

Img_7227

これもローマで撮影された写真。2千年以上前にできたとはとても思えません。

P1040184

この日の食べ物ベストはなんといってもこのピザ。生地が天然酵母(だと思う)でおいしいし、新鮮なトマトを使って作られたトマトソースは最高。 チーズよりトマトソースのほうが多いというのが個人的にはうれしかったです。

ちなみにこれが1人分。さすがに食べられませんでした。 だんなさんは「こんなおいしいもん、もったいない」と自分の分を食べた後、私のものを半分パクリ。 帰国後「本当は全部食べたかったんだけど、周りが食べていないのに自分だけ食べるのが恥ずかしかった」のこと。そんな中途半端なことをしなくてもいいのに。

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2010年9月18日 (土)

アマルフィ Amalfi, Italy

ようやくパソコンが復旧しましたhappy01。写真を再び保存してのやり直しですsad

午後からはアマルフィへ向かいます。

カプリ島からソレントまではフェリーshipで、ソレントからアマルフィまではバスでbus海岸線の道を行くので、酔いやすいと自覚している人は、朝食後に酔い止めを服用し、お昼ご飯は軽めにしておくのがお勧めです。

P1040001

(ソレントの港にて)

カプリ島からソレントの港までの乗船時間は30分とナポリ~カプリ島間の2/3でした。

一般的に午前中より、午後のほうが、午後の早い時間より夕方のほうが波が高いことを考えれば、真昼の乗船は悪い選択肢ではないと思います。「快適」とはとてもいいませんが、それほど問題なくソレントに到着しました。

ソレントの港は断崖の下にあり、とても、多くの観光バスが駐車するスペースはありません。そのため、ソレントの港に到着後、スーツケースを各自ゴロゴロ押して、公共の乗り合いバスに乗り、丘の上の、観光バスの待合所に向かい、そこでツアー会社が用意した観光バスに乗り換えます。

P1040002 (アマルフィまでの観光バス 観光バスがたくさん並んでいます)

観光バスはこれまでのバスより一回り小さく、18人乗りでした。(横は2人席×1人席の3人席)。13人のツアーだったのでほぼ満員状態ですみましたが、18人以上のツアーだったらどうするんだろう?

バスの席は右側(ただし1人席)がおすすめです。

事前に予習をして、当日もだんなさんが「スーツケース」私が「席取り」という連携プレーでなんとか1人分ゲットできました。この日のために前日2日間はがまんして後ろの席に座ったんだから、2人とも必死です。

P1040011

(車窓)

アマルフィまで、右側に海が広がります(アマルフィ海岸)。

アマルフィ海岸は全長40キロの海岸線のことです。

この海岸線については塩野七生さんの『海の都の物語』にも説明があるらしいので興味のある方は一読を(だんなさん談)

P1040012

同じ景色なのですが、あまりにきれいなので見ていてあきません。

ぎざぎざの独特地形(道路が見えますか?)、だれもが美しいとも認める美しさ。

世界遺産に指定されるだけのことはあります。

P1040031

ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』でセイレーン(人魚みたいな精霊)が住む地域といわれるのも納得。これぞイタリアsign03

P1040032 海岸線にはアマルフィだけでなく、ポジターノやマイオーリなど小さなリゾート街が海岸線に沿って点在しています。リゾート地らしくボートがいっぱい

P1010017_3 (2年前のギリシアの冬、エーゲ海クルーズをした時の海。同じ地中海とは思えません)

やはり地中海は真夏がいいですheart02

P1040013

ポジターノという街が一望できる展望台で写真ストップをしてくれました。

P1040016

絵のような美しさです。青い海、全体に薄いパステルカラーの建物のコントラストに癒されます。

P1040021

海岸線に沿うようにしてオレンジ色のパラソルが並んでいます。(右下海岸線沿い)

P1040017

こんなにきれいな海ですから海岸線でゆっくりとくつろぎたくなるのもわかります。

P1040022

ちなみにこの小さな展望台の脇の売店は安かったように思えます。

パスタ用香辛料は5つで5ユーロ。職場のばらまき用のお土産にはちょうどいい値段です。(ご丁寧に裏には日本語で調理の仕方が書かれていました)

現地ガイドのお兄ちゃんも「安い」と言ってポルチーニ茸を購入していました。

P1040028_2

途中のトイレ休憩で見つけたお酢とオリーブオイル入れ。

少し高めですが、上にキャップがついているのはここで初めて見ました。

日本人としてはこの「蓋」がいいと思ったのは私だけ?

(今、改めてみると上のアヒルのほうに目がいってしまいます)

P1040030 こちらは名物レモンの小皿です。レモンというより細長いユズみたい。

トイレ休憩が思ったよりも長かったため、アマルフィの観光時間は40分もありませんでした。添乗員さんだけが悪いわけではないのですが、もう少しタイムマネージメントをしてほしかったというのが正直なところです。

P1040025 かなり高いところを走っているのですが、道路には車の路駐の列。歩いて海岸まで降りるんだろうか。少しなぞです。

P1040035 アマルフィが見えてきました!

ガイドさんによるとアマルフィは形式的にはナポリ王国の支配下であったが、事実上は独立国のようなものだったのこと。確か に現代さえこんな交通の便の悪いところと感じさせる所を完全支配するのは難しそうです。

P1040038

ドゥオモの前でのんびりカフェしてフリータイムを過ごすのもいいかも…。

ですが、私たちはドゥオモに入りました。

P10400382

もともとの創建は596年という由緒ある教会ですが、現存している最も古い部分は9世紀のもの。(緑の部分)

13世紀初頭に、コンスタンチノープルから持ち込まれた、キリストの弟子の1人の聖アンデレ(St. Andrew)の遺物を納めるにふさわしい場所にするために拡張されました。何度も改築を繰り返して今の姿になっているようです。

鐘楼は下3段はロマネスク様式(12世紀)ですが、一番上の小塔はイスラム文化の影響を受けています。(赤い□の部分) 

P1040055

柱廊は黄色と白色は19世紀に復元されたもの。

右の青銅の扉はアマルフィの裕福な商人の依頼で9世紀半ばにコンスタンチノープルで鋳造されたものだそう。ここを左に行くと「天使の回廊」がある。

P1040041_2 回廊もイスラムの影響を受けています。P1040042 柱の間から鐘楼を覗いてみました。

P1040045 9世紀の部分は博物館になっています。

P1040048

地下は聖遺物が置かれているチャペルがあります。

P1040049

主祭壇の右側にキリスト教における仏舎利の遺物が展示されていました。

P1040050 チャペルを通って、聖堂へ。

P1040051 聖堂の中は下はロマネスク様式、上はメチャバロック様式。

P1040052 壁や天井には聖アンドレの生涯を描いたフレスコ画があります。P1040057 ドォウモの前のメイン通りから覗いた小道。街が山腹にあるのがよくわかります。鎌倉みたい。

P1040058 夕方になると人であふれかえっています。

P1040059 リゾート地って感じですね。

P1040067 ホテルはエクセルシオールでした。ホテルからアマルフィを撮影。

P1040075 ホテルのレストラン。絵になります。

P1040083 部屋は18人ともオーシャンヴューでした。部屋の外を覗くと夜景がきれいだったので思わずとってしまった。 あの雲がないともっとよかったのですが。

P1040087 さらに夜が更けるとこんな感じです。人工の音がしないので、とても静かです。

だんなさんはこの日はとにかく暑かったのと、アイスクリームを食べ損ねたことで不機嫌でした。

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2010年8月20日 (金)

カプリ島② Capri Island Part 2

朝食前にちょっとホテル周辺を散歩

P1030922 アウグストス公園は朝早すぎたためゲートが閉まっていたので、とりあえず丘の方へ歩いてみます。休暇中の外人さんは夜型らしく人ひとりいません。

P1030924 見る限り波は穏やか。これなら青の洞窟大丈夫かな…?

P1030926 ひときわ大きな建物を発見。なんなんだろう?P1030925 ガサン・ジャコモ修道院です。 14世紀に建てられた修道院で併設の美術館が興味深いらしい。

P1030920 さまざまな花が咲いていて、古代の人が「甘美な快楽の地」と呼んだのも頷けます。

P1030927 涼しくて気持いい!

P1030928 ホテル出発は8時25分でした。歩いて数分のところにあるウンベルト1世広場とケーブルカーの駅へ歩いていきます。広場の展望台のところから見た景色。きれい~。

P1030928_2

ここで、青の洞窟に入れないことを知らされました。 期待していただけに残念でした。

早速、プランBの観光開始です。

P1030936 タクシーもバケーション仕様?大きくてオープンカーになっている!

まずは島の西部のアナカプリに向かい、ソラーロ山(589メートル)に上ります。

P1030970歩いて上る…なんてことはありません。リフトに乗ってあがります。

朝9時前ということで、並ばずにすみました。

P1030965 何度か停まったなあ…

P1030938 朝はヴェスヴィオ山もさわやかに見える。

P1030940 下を見ると栗の木がたくさんありました。

P1030942 大分、上ってきたかな。

P1030946 頂上はまだのよう。見えません。

P1030947 一山超えると頂上が見えてきた感じ。

P1030949 頂上について感動!青い!上から下を覗くとこんな感じ。

P1030950 絵になる!

P1030955 展望台はこんな感じ。

P1030952 カプリの東部  よく見れば確かに波がたっているかな。

P1030953 ヴェスヴィオ山 高さが違うと印象も異なります

P1030958 展望台は思ったより広い

P1030957 ローマ史大好きだんなさんが撮った写真。「だれ?」

「知らん。アウグストゥス帝じゃないの?」

だれかは知りませんが、雰囲気はあります。

P1030965_2 降りるときのほうが町は見やすいです。が、写真はこのようにリフトがあるので上るときにとりあえずとっておいたほうが無難かもしれません。

P1030972でも、 アップの写真ならリフトも入りませんので、上がる時にとりのがしても大丈夫

P1030975 リフトを降りて「フェニキア人に階段」と呼ばれているところに向かいます。

すごい人ごみ。押すな押すなの混みようですので、荷物に気をつけながらの観光。

P1030977 階段はとても混雑して撮れないので、代わりに「ここからがフェニキア人が作ったところだ」といわれたところを撮る。

P1030980 カプリはレモンリキュールが有名。お酒以外にもレモンチョコレート、レモンケーキなどが売られています。

P1030982 レモンってこんなに鈴なりになるんですね。青い空にレモンの黄色は映えます。

P1030984 名物、レモンジュース。 本当にレモンを絞っただけのジュースで。好みで砂糖を加えます。 冷たい飲み物なのに、ついてきた砂糖は大き目の粒の普通の砂糖。

しつこく混ぜましたが、もちろん、溶けません。イタリア人らしいこの大雑把さ。笑えます。

P1030990 駅に向かいます。途中の店で。服よりマネキンに目がいくのは私だけでしょうか??

P1030991 ナポリ港へ到着。暑い…

P1030994 海の色もきれい。今度の乗船時間は25分とのこと。ほっとしました。

P1030999 青の洞窟は残念でしたが、景色は良かったし観光には満足しました。

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2010年8月17日 (火)

カプリ島へ① To Capri

お昼ごはんの後はナポリからカプリにむかいます。

P1030883 車窓からもヴェスヴィオ山が見えます。

P1030884 ヌォーヴォ城をバックにしたナポリ港 ナポリ港に到着するのは2時ずぎでした。

P1030886 え?これ?もっと大きな船だと思ったのに…crying 嫌な予感

P1030887 船の中。座りたかった中央後部座席は満席。 仕方なく前の席に座りました。

乗船時間は45分。船酔いとひたすら戦う悪夢の45分でした。weep

酔い止めなんて全然効かない…bearing

窓をふと見ると波がざぶ~んwaveざぶ~んと豪快にかかっていました。

P1030888 ナポリ港の目の前にあるケーブルカーでカプリ地区の中心、ウンベルト1世広場へ向います。ポーターさんはおらず、各自でスーツケースを運びます。

P1030889 これが切符。安い? 乗車時間は5分~10分ぐらい。短いです。

P1030892 窓の外を見るといい景色。ナポリ港が遠くなってきます。

P1030893 頂上らしきものが見えてきました。

P1030894 これがケーブルカー。日本と違い、小さな車両が何台もくっついている感じ。

それぞれの車両は4人の座席しかないので、半数の人は立っていたと思います。

P1030906 夕方のウンベルト1世広場は大混雑。

P1030934 ちなみにこれは翌朝9時ごろ。閑散としています。

P1030932 広場にはこんなオブジェも。

フィアットのロゴの入った車の形をした植木鉢(?)には名産のレモンがなっています。

P1030904

ウンベルト広場の奥には小道があります。

黒服の男女は広場にある高級店の店員さんかもしれません。

P1030900 この左側の小道を進むとったところに果物屋さんがありました。

おねだりしてプラムをゲット。

P1030909_3 アイスクリーム屋さん。

やたら外人さんが行列をなしています。

これだけの行列、きっと外国のガイドブックに乗っているのかもしれません。

P1030910 コーンを手作りしています。クレープ状の生地を丸めています。

(女性の前の三角錐の器具がそれ)

Photo 並ぶこと5分。だんな様はどうやらピスタチオのアイスにはまっているよう。

「夕ご飯食べた後は今度はレモンを食べるぞ~」というほどおいしかったらしい。

P1030916_2 こちらは夕食のデザート。これも地方の名物らしいけど名前は忘れてしまいました。

翌日へ続く。

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2010年8月16日 (月)

マテーラのサッシ(洞窟住宅)1993年世界遺産登録 The Sassi and the Park of the Rupestrian Churches of Matera

お昼前にマテーラのサッシ(洞窟住居)の観光です。

Photo

サッシとははサッソ(岩壁)の複数形のこと。こちらはバリサーノ地区

3

山の斜面に重なるようにして家が連なっている姿は壮観ですshine

だけどこの暑い中この日陰がないところを歩くと思うと足取りは重い。coldsweats02

Photo_2

出発点のパスコリア広場からの眺め

ドォーモをはさみ サッソ・バリサーノサッソ・カヴェオーソに分けられている。

遠くの建物がドォーモ(たぶん)

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洞窟教会 サンタ・マリア・デ・イドリス教会(13世紀建立)

内部のフレスコ画も見学できるそうです。

Photo_3 凝灰岩火山から噴出された火山灰が地上や水中に堆積してできた岩石のこと)

でできています。

下の白い部分は修復後

Photo_5 グラヴィナ渓谷 

町の水はここから汲みあげられた。

水車などの器具は使用せず人の力で水を運んだらしい。coldsweats02

Photo

(渓谷から)サッシの中でも最も古い部分 

丘の上のほうに貧しい人が住んだらしい。確かに窓が小さい?

最盛期には州都として栄え、このサッシには7千人から1万2千人の人が住んでいた。

Photo_4 街の大通り

その後「南イタリアで最も貧しい」といわれるまで衰退し、第二次世界大戦後には政府がその不衛生さを理由に住民を撤去させる。

70年代に価値が見直され現在は3千人から4千人の人が住んでいる

Photo_6

Photo_7 この暑さにイヌもネコも夏ばてsign02

Photo_8 日陰に入ると案外涼しいhappy02

Photo_3 カサ グロッタ 1958年まで使用されていた住居

岩盤を掘削して造られており、中はクーラーでもきいているのかというぐらい

すごく涼しく快適

2

キッチン

3 雨水をためて水源を確保していた。

5_2

寝台は嫁入り道具 

湿気を防ぐためにマットレスは高い位置にある。

この寝台では、なんとひよこにわとりなど小さな動物を飼われていたsign03

ちなみに、この寝台のすぐ横はダイニングセットが置かれていました。

(そりゃ不衛生だわwobbly

4寝室のすぐ横は家畜小屋(豚などを飼育)coldsweats02

(さぞかしうるさかっただろうに)

その奥が貯蔵庫

Photo_4 国立美術館(18世紀は修道院)前でに日本人彫刻家の展示品が。

どうやら「吾妻兼治郎展」がやっているようでした。

吾妻兼治郎さんはミラノ在住のの彫刻家だそう

大正15年生まれで第二次世界大戦時、神風特攻隊に参加した経験もあるそう。

Photo_5

広場から見えた左側の教会、サンフランチェスコ教会(17世紀建立)

中はシンプル、フレスコ画には金縁がかかっていた。

Photo_7 今日のお昼の一品。 何ですか、これ?

Photo_9 とりあえずパンにつけて食べてみる。辛~いbearing

どうやら唐辛子オリーブオイルにミニトマトを漬け込んだものでした。

相当辛い。

Photo_10

耳たぶの形をしたオエリキッテ。バーリ地方のパスタです。

テレビで職人さんの早業を見た人も多いかも。

昼食後は、ナポリへ出発です。

青の洞窟見学なるか!?

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